彼は変わってしまった。
何よりも誰よりも、自分よりも大事な半身を失った為に。
その屋敷に身を置く使用人や騎士、そして幼馴染や両親の目から見ても彼は変わった。
否、彼は心を麻痺させてしまった。
寂しい、悲しい、逢いたい、・・・・・共に逝きたい。
その願いを、もう居なくなった彼の半身は許さなかった。
半身との約束を守って生きていくための彼の本能的な防衛方法が心を麻痺させる事だった。
そして屋敷には彼が居なくなった日から開かずの間ができた。
誰であろうとそこにはいることは許されなかった。
掃除をしなければならないメイドは勿論、両親でさえその部屋・・・・・・
彼の半身を看取った部屋へ入る事は許されなかった。
Ghost・Note act、2
バチカル国最上階に位置するファブレ公爵邸はルークの居なくなった日から恐ろしいくらいに静かになった。
彼が居た頃は賑やかで明るい、本当に『聖なる焔』が住むに相応しい邸であった。
ルークとアッシュが剣の手合わせをすれば、それを公爵と夫人が微笑ましくテラスで見守っていて
途中で、必ずといっていいほど彼等は剣術について言い争う。
争うと言ってもお互いの身を守る為に、より良い戦い方を身に付ける為の言い争いとなるのだ。
だから、それを見て公爵夫婦も使用人たちも口をはさまない。
ただ、笑顔で見守っているのだ。
食事のときも嬉々としてルークは笑顔で今日あったことや、綺麗な花を見つけたなど貴族の屋敷にしてはアットホームな
食事風景を作り出していた。
彼が笑っているだけでこの邸は花が咲いたようになる。
優しくて、暖かくて、大切な主人。
彼が居ない事は本当に悲しいし、それによって今も沈んでしまっている食卓を見るのはより悲しみを誘う。
アッシュは元々話す方ではないし公爵もそうだ。
ルークが居た頃は彼に注意したり相槌をうったり、夫人も笑っていて平和だった。
一人が欠けることでこんなにも変わってしまうものなのかと、
彼の存在の大きさを改めて知ってしまった。
だが、使用人の誰もこんな形で知りたくなかった。
「・・・ごちそうさまでした。俺は明日城に居城した後午前中視察なので居ませんが夕方には戻ります。
では失礼します。」
まるで業務連絡のような淡々とした口調、両親を見て言っている筈なのに彼の眼には何も写ってない。
アッシュは両親に軽く頭を下げると扉から出て行った。
それを見た公爵のため息と夫人の悲しそうな表情だけが広間には残ってしまった。
暗い部屋。
カーテンを締め切り月の光さえ入らない。
ここから感じられるのは悲しい幸せばかり。
「・・・帰ったぞ、------- ルーク。」
まるでその人がいるかのような口調で彼が声を掛けるのは誰も居ない部屋の端にあるソファ。
もしこの光景を知らぬ人間が見たらぞっとするだろうか。
居ない人間に声をかけるなど。
けれど、それを咎める者はこの邸には居ない。
使用人、両親、みんな彼の哀しみを理解する事はできないがこの部屋だけが半身を失った彼の唯一の精神安定剤なのだ。
「遅かった?・・・仕方ねぇだろ貴族の爺どもの話し相手してたんだからな。」
死んでいるようで今の状態では一番良い笑顔で彼はソファに腰かける。
そして誰も居ない隣の空間、自分と同じ位の目線に手を伸ばす。
「怒るな。俺にはお前だけだ・・・・・・・ルーク。」
「アッシュ!」
今居るのは城の廊下。
先ほど叔父上に挨拶を済ませたばかりのアッシュは視察へ行く為の馬車を止めてある城の入り口まで行こうとしていた。
けれど、有無を言わせぬ勢いでアッシュの名を呼び捨てで呼べるものなどこの城には今一人しか居ない。
「ナタリアか」
幼馴染が相手でも彼の目はやはりガラス球のようであった。
「はい、突然呼び止めて住みませんでしたわ。けれど、話しておく必要があると思いましたの。」
「・・・なんだ」
「・・・・アッシュ、最近の貴方不自然ですわ。まるで心ここにあらずという感じでして。」
「それが?」
「それが、ですって・・・・・貴方本気で言ってますの?」
今まで、話していたのと違い怒気をあらわにしたナタリア。
けれどアッシュがそれに気にとめた風ではない。
寧ろ、さらに冷たさをました感じがする。
「貴方の瞳、ガラス球のようですわ。何も映してない。」
「だからなんだ、べつに子爵としての仕事はちゃんとこなしている。」
「ええ、確かに仕事はこなしている。けれどそれだけですわ。」
「何だと・・・?」
今度はアッシュの怒気が少し現れた。
彼が感情をあらわすのはルークが消えてから初めてのことだ。
それが例え怒りとしての負の感情であっても。
長い間一緒に居た彼女ですら一瞬恐怖を感じてしまったがナタリアは意を決して話し出した。
「気付きませんの?今の貴方は仕事をこなしているだけ。そこから先に何をしたら良いか考える事は無くなった。」
「・・・・・・・・何が言いたい?」
「彼が居た頃の貴方は彼と共に考えていたはずです。この書類の報告から何をしたら国民の為になるのか。
けれど今の貴方は彼を失った事で・・・・・・」
「・・・」
「国のために考える事を、しなくなった。彼が居なくなったら世界などどうでも良いのですか貴方は。」
「・・・・・・・・・・」
「貴方は、国のことを思っていない。」
「黙れっ!!」
「っ?!」
アッシュの今まで溜めていた憤りがナタリアの言葉により、爆発した。
「お前に、俺の何がわかる!?アイツが、ルークが居なくなった。それは俺の居場所は亡くなった事と一緒だっ!!」
「けれど、貴方はルークに言われたはずです!自分が居なくなったあともこの世界を守ってくれと、そして貴方に生きて欲しいと。
今の貴方はその願いを聞き届けてない!!国のことを思えないものが世界の事を考えれますか?・・・・・・そんなガラス球のような死んだ眼で
・・・・・・・・・・貴方は本当に生きていると言えるのですかっ!?アッシュっ!!」
「っ、・・・・もう視察の時間だ。失礼する」
そう言って足早にナタリアに背を向け歩き出した。
「逃げるのですか!」
「・・・・」
「・・・・っ、今の貴方はルークの思いを裏切っているっ!!!」
そう叫んだナタリアの言葉にアッシュは一瞬立ち止まるものの、また歩き出し城を後にした。
ぐらぐらと揺れる馬車の中で一人アッシュは考えていた。
ずっと前にあいつからもらったネックレスのチェーンを持ち上げてその瞳に似た鉱石を見つめた。
それは自分の瞳よりも少しだけ薄い色をしていてあいつの目の色のようだと思った。
「俺は・・・・お前を裏切っているのか?」
ぼそりと、鉱石に向かって否、ルークに向かって言ったその言葉に答える者はいない。
耳に入るのは馬車の移動する音と時折聞こえる馬の声のみ。
「俺は、お前さえいればよかった。お前が俺の居場所だった。」
今までレプリカに対する復讐心のみで自分を鍛え、何時か奪い返すつもりで生きていた。
アイツを愛するようになってからはヴァンの野望を止め、二人で一緒に生きる平穏を手に入れるために生きてきた。
だから死んだはずなのに生き返った俺は、お前が一緒に居たからこの世界に生きていく事を焦燥感を感じる事無く生きていけたんだ。
それなのに、お前が居なくなって俺には生きる意味がわからない。
------------お前は言った、世界を守れと
------------お前は言った、俺に生きろと
――――――お前は言った、幸せになれと
だから俺は子爵として仕事をしている。
だから俺は生きている。
だから俺はお前のフォニムに身をゆだねている、それが幸せだと思うから。
もう触れることができなくても、フォニムの中にならお前が俺を包んでくれるような気がしたから。
もう触れることができなくても、お前がフォニムの中で生きている気がしたから。
「貴方はやはり見えていない。アッシュ。」
離れた地で王女が呟いた。
「彼らに頼むしかないでしょうね・・・・」
そう言って、王女は執務室を後にしてかつての仲間に手紙を出した。
その行動が吉とでるか凶とでるか。
それは、神と呼ばれるものにも
遠い地で戦っている彼にもわからない。
To be continued......
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ふふふ・・・・病んでますね。
というか、今回結構短かったですね。次回予告的な章だと思っていただければ・・・・
ちょっと、続きが見えてきちゃったかな・・・(汗)