10を得るために1を捨てるというのは道理である。

政治を行うものとしても

上に立つ者としても

この考えを間違いとは言わないけれど・・・・・

けれど僕は・・・・・






You can't eat your cake and have it.






「85,86,87、88・・・・」






真っ白な清潔感を漂わせる軍の病室で淡々とした回数を数える声が響いている。
この間まで瘴気よって禍々しい色をしていた空も今は本来の色を取り戻していた。
それを行ったのは自分の最も愛すべき朱色の青年。
実年齢は7歳だから少年か・・・。


この空を取り戻すために命の危険を犯した彼は本来その命も落とす筈であったが生きている。
自分はその時まだ意識が戻っていなかったので後で知ったことだが。
その行為が彼を本当は死に至らしめるものだと知った時は、自分が使えるべき主だとわかっていても怒りを抑えずにはいられなかった。
自分の見舞いに来た主をまだ完全回復していない力ない拳で怒りをぶつけた。
・・・・まぁ、端的にいえばその頬を殴り飛ばしたのだ。




『っ!』

『フリングス少将!』

そばに居た兵にベッドへ押さえつけられたが関係ない。

『何故、ですか!!?何故、彼が・・・・ルークが犠牲にならなければいけないんですか!』

『・・・それしか方法が見つからなかった』

『だからって、彼を犠牲にするんですか!?彼に死ねと、そう言ったんですかっ!!』

『あぁ、そうだ。国のために死んでくれとあいつに言った。』

『貴方だって彼を・・・愛していたんでしょう?!・・・・確かに彼は私を選んだけれどそれでも貴方は!』

『他にどうしろと言うんだっ!』

『?!』

『俺にはいつだって皇帝という重しが付いて回るんだ!どんなにアイツを愛していようと、この肩書きがある限り俺は国民は守るために
何度でも同じ決断を下すんだ。下すしかないんだ・・・』

『陛下・・・』

『わかってくれとも、許してくれとも言わない・・・最低なやつだよ、俺は。愛していると言ったその口で一番大切な人に死ねと言ったんだ。』

『………』

『それでもあいつは、それでこそ俺の尊敬する陛下ですって笑うんだ。まるで選ばれなかった腹いせのように死を決断した俺を・・・』

『・・・彼は優しいですから』

『優しすぎて、俺の方が死にそうだったさ。アイツがお前を選んでくれてよかった・・・・俺はあいつを最後まで優先できないんだから。』

『申し訳・・・ありませんでした。』





そう言って殴ったことに対して謝罪するしかなかった。

あんなに弱った主を見たのは初めてだったから。



わかってはいる。

何億人もの人間と1万のレプリカ

決して少ないとは言えない命だが何倍もの人の命に比べれば上の人間は倍の人間を守るために決断しなければならない。

それが自分にとって最も愛すべき人でも。

きっとあの人にとっても苦渋の決断だったに違いないのだ。





「よ、アスラン!」


思考の中心にいた人物が呑気な顔して床から現れた。


「陛下・・・今日も抜け出してきたんですか?」
「おう!」
「威張らないで下さい!!何度言えばわかるんですか、執務室に抜け穴作るなとあれだけ・・・・」
「いいのかなぁ〜そんなこと言って。」
「どういう意味ですか」


いつものように執務を抜け出した主はいつもとは違い小言に膨れるわけでもなくどこか余裕な表情だ。
こういう顔をするときはたいてい何か企んでいるか、なにかだ。


「じゃっ、じゃ〜ん!ルークからの手紙ぃ!」
「はぁ?!」
「いや、それがさ。なにかの手違いで病棟じゃなくて執務室の手紙に紛れ込んでたんだよ。
んで、差出人がルーク(実際はジェイド)でアスラン宛てだったんで持ってきた。」
「まさか、もう読んでるんじゃ・・・」
「当然!読んだ。」




全く、この人は・・・

届けてくれたのは正直うれしい。

なかなか会うことのできない愛しい恋人が書いてくれた手紙だ。

嬉しくないはずがないけど・・・・つい最近まで恋敵だった相手に見られるというのは。

だったじゃない。現在進行形で恋敵だ。

事あるごとに邪魔してきては、ルークに過剰なスキンシップをかます男だ。

先日のしおらしさはどこに消えたんだ。




「今日グランコクマに来るから後で見舞いに来るそうだ。んでもって、俺もルークに会いたいからここにいる。」
「何言ってんですか。仕事があるでしょう!」
「邪魔する気満々だ!」
「ふざけないで下さい。何週間ぶりに会えると思ってんですか」
「2週間と5日。」
「わかってるなら邪魔しないで下さい。」
「いやだ」
「こ、の・・・・・・!」




コン、コン・・・




「ハイ、どうぞ。」
「あの、お邪魔します。」



アスラピオニーを怒鳴り散らすのを止めたノックとともに現れたのは、ルークだった。
なぜか、陛下もいることにびっくりしていたが足元の穴を見て納得したそうだ。



「また、抜け出したんですか?」
「だって、お前アスランのところに行くって手紙に書いてあったけど謁見に来るとは書いてなかったろ?俺もルークに会いたいんだぞぉ〜」
「でも陛下。ジェイドが謁見に行くって言ってたけど・・・」
「ほっときゃいい」
「よくないでしょう。」
「あ。」
「げ?!」



ルークの背後にトレードマークの眼鏡を押し上げて入ってきたジェイドがいた。
その手には何かの袋がある。




「ジェイド、なんでここに」
「いえ、少々必要な薬草をきらしてまして・・・・・・ところで陛下。ほっとけばいいとは誰のことですか?」
「えっと・・・・・」
「仕方がないですね。ルーク、今日の夕食はブウサギのポークカレーなんて・・・」
「うわぁぁぁぁ!止めろよ、この鬼畜!悪魔!戻るよ、もどりゃぁいいんだろっ!」
「話が早くて助かります。」





さすがはカーティス大佐。
陛下の弱点をよく分かっている。


ピオニーを引きずりながらジェイドは元来た扉を通って行った。
ルークを横切る寸前に彼が何かをルークに囁いたが私にはよく聞こえなかった。







二人が去ってから部屋には静かな雰囲気が立ち込めていた。


視線を向ければ照れたように微笑む彼がいた。




「また、トレーニングしてたんですか?」



入院服ではなく、動きやすい服装に若干汗ばんだアスランを見てリハビリをしていたんだと感じた。
ルークは近くにあったタオルをアスランに手渡した。


「えぇ。途中で陛下に邪魔されましたけどね。」
「あんまり無理なトレーニングしないで下さいよ。やっと動けるようになったんですから。」
「はい、わかってます」


本当は早く復帰して少しでも貴方の役に立ちたいんです、なんて恥ずかしくて言えないから苦笑して答えるしかなかった。





「あ、あのケーキ食べませんか?俺が作ったんです。」
「ルークさんが?」
「形はちょっと悪いかも知んないけど・・・」


そういって自信なさげに出してきたのはショートケーキだった。


切り分けたそれを一口食べてみる

「美味しいですよ。」
「本当か?!よかったぁ。」



満面の笑みを浮かべてほっとする彼は本当にきれいに笑っていた。








旅の最中にこんなことがあった。
あんなものを見た。
たくさん、旅の最中に見たもの聞いたものをアスランにむじゃきに話していた彼だったが
そろそろ宿に帰らなければというとき彼は意を決したように切り出した。

「アスランさん、夜に会えませんか?」
「え?」
「少しでいいんです。中庭で待ってますから・・・・」
「何か、あったんですか?」
「その時に話します。」
「あ、ルークさん!?」


彼は逃げるように部屋から出て行った。
いったい何があるんだろう?



















月が漆黒の闇の中で唯一光っていた。
朧げな姿は今にもたくさんの漆黒に飲み込まれてしまいそうながらも、一生懸命に照らしている。



「まるで、ルークさんの様ですね・・・・」



まだ、7年しか生きていない小さな子供なのに、沢山の業を背負い傷だらけになりながらも走り続ける。
それしか自分の存在を表す術がないかのように・・・
そんな彼を少しでも支えていけたらと思うのに、自分はこんなところでまだ足止めを食らっている。
狂おしいほどに彼を思っているのに。




「アスランさん!」



暗闇でも目につく明るい朱色の髪を揺らしながらルークが走ってきた。



「ルークさん、慌てないでいいですよ。」
「でも、俺が呼び出ししといて遅れるなんて・・・」
「いいんですよ。私が少し早く来すぎてしまっただけですから。」
「そう、ですか?」
「はい。」





その言葉に納得ではないが、アスラン本人がそう言ってくれるならとルークはまぁいいかと頷いた。




「それで、何かあったのですか?」
「・・・・・」
「ルークさん?」




なかなか、話しだそうとしないルークにアスランが問いかけても返事はない。

ルークはアスランに背を向けて月を仰いでいた。

その姿が先ほど自分が連想していた姿と被った。

すると彼は唐突に自分に背を向けたまま話し出した。



「アスランさん・・・・・俺達、明日エルドランドに行きます。」

「え?」

「決着をつけに、最後の戦いに行きます。今日グランコクマを訪れたのは陛下にそのことを報告するためです。
キムラスカにはもう伝えたから。あとは、ピオニー陛下に伝えるだけだったんです。」

「そんな・・・・もう、なんですか・・・・」




確かに、彼らがヴァンデスデルカを止めるために戦いに行くことは分かっていた。
けれどこんなに早くその時期が来たかなんて・・・・



私は、間に合わなかったのか。

いずれ来るであろうこの日のためにあんなにリハビリをした。

少しでも彼の力になるために。

しかし、それは間に合わなかった。

でも、一つだけ気がかりがある。




「何故、こんなにも早いんですか?」




そう、早すぎたのだ。

確かに最終的に向うのはあの場所だがそれは当初の予定ではまだ先であったはずだ。

これほどまでに事を急ぐ必要など無い。





「・・・・・・・・・・・・・」
「答えてください、ルーク。」
「そ、れは・・・・」





何か

何か嫌な予感がする。

彼は何か重大なことを隠してないか・・・?

目の前で背を向けている存在がそのまま消えてしまいそうな




否、実際に消えかけた。

それは一種のことであったが確かに彼の背中越しに王宮が見えた。







「・・・ぇ?」
「っ!?」





見られた!





それに気づいたルークはアスランから逃げるように走り出した。
そしてアスランがそれを見逃す筈もなく追いかけてこようとした。





「はぁっ、はぁっ・・・待って下さいルーク!」




いくら、回復してリハビリをしていると言ってもまだ一カ月ほどだ。

そんな自分が常に旅をしている彼に追いつくことは難しい。

けどここで足を止めたら彼は・・・・




「ぁっ!」
「アスランさん!?」




アスランの感覚が完全でない足が木の根にかかり躓いた。
その声を聞き取ったルークは思わず足を止めて後ろを振り向いた。
そこには地面から上半身だけを離し、必死に手を伸ばしてくるアスランがいた。
足はきっと、衝撃でまだ動かないだろう。




「やっと、こちらを向いてくれましたね。」
「アスランさん、足・・・・」
「平気です。少しまだ動きませんが、貴方に逃げられる痛みに比べれば全然マシですよ。」





暗に貴方に逃げられる方が自分にとっては苦痛なのだと伝える。




「ご、ごめ・・・な、さぃ。俺が・・・俺のせいで」
「泣かないで下さい。私が貴方を追いかけたのです。
ただ少しでも貴方が私に悔んでいるのであれば、手を貸してしてくれませんか?」
「でも、俺は・・・・・」
「一人では立ち上がれそうにないんです」




そう言って苦笑すれば彼はおずおずと手を差し出してきた。
優しいルークの性格を利用するようで若干罪悪感にさいなまれたが仕方がないと割り切る。




「あの、・・・・」
「ありがとうございます。立つのは無理そうなので肩を貸して下さい、少し座って休みたいんです。」
「は、ぃ」




そうして、お互いの背中を預けあって息も落ち着いてきた。




「もう、時間がないんです。」
「何が、ですか?」
「・・・・」
「言えない、ですか」
「すみません。ただ、最後に伝えたいことがあったので。」
「最後とか、言わないで下さい。あなたは勝利するんでしょう?」
「はい。俺はあの地で師匠を倒します。」





―――――――― けど、その後俺は・・・!





ルークはアスランの負担にならない程度にゆっくりと離れて立ちあがった。



「ルークさん?」
「・・・・ケーキ、美味しかったですか?」
「え?えぇ・・・・おいしかったですよ。」
「よかった。俺、アスランさんの好みってまだよくわからないから一般的なものにしたんです」
「そうですか。」




穏やかな空気が流れる・・・・・・・・

まるで、明日決戦に行くなんて嘘のようだ。

やっぱり、アスランさんと話してよかった。





「さて足も大丈夫そうですから、そろそろ病人は部屋に帰りましょう。」
「でも、ルーク・・・」
「俺も一応あんまり夜更かしすんなって言われてんですよ。」
「ルーク!」



ビクリッ



アスランの肩に腕をまわし彼を立ち上がらせたルークの体が震えた。



「答えては、くれないんですね。」

「・・・・・・・。」

「では、質問を変えます。帰ってきてくれますよね?」

「・・・・・・わかりません。」

「何があるんですか」

「何があるかわかりませんよ。」

「そうじゃなくて、貴方は・・・・・何か隠してませんか?」

「・・・・・・You can't eat your cake and have it.

「え?」






何かをつぶやいたが咄嗟のことでよくわからなかった。




「今、なんと・・・・」

「いえ、ただ俺もあきらめたわけじゃないんで頑張るだけです。じゃ、失礼しますね。」

「ルーク!!帰ってきてください。」




僕のもとへ・・・





そう言うと彼は泣きそうな顔で笑って去っていった。

ありがとう、ごめんなさい。アスランさんに会えてよかった。











 




















そして・・・・・・・・






ND2018  ルナリーデカーン イフリート38の日


栄光の大地より空高く聖なる光が天へと伸びた。

そして英雄も光とともに天へと昇った。

































静かな病室で銀髪の青年は虚ろな目をして窓際で空を見ていた。
そこには彼の私物はほとんどなく、後はこのバッグを持って部屋を出れば終了だった。





「・・・・アスラン。」
「陛下・・・・・大佐も。」
「退院おめでとうございます。」
「いえ」




今の彼には何もかもが色のないものとして見える。

きっと、鮮やかな朱色がいないから。





あのときの光は自分のいる病室からも見えた。

力強く、けれどすべてを包み込むような優しい光。

すぐに彼だとわかった。

まだうまく動かない体を引きずって、謁見の間へ行けば大佐と彼の仲間たちがいたが唯一の存在はいなかった。
その時に彼の体の限界を知った。

自分には最後まで伝えないでくれと言われたそうだ。





だから彼はあれほどまでも帰ってくるとは言わなかったのか。









「私が・・・・・本当に守りたかったのは国でもなく、陛下でもなく彼だけでした。」
「あぁ。」
「この手が、この足がもっと早くっ。」
「アスラン」
「私は・・・・何のために生きればいいのですかっ!!?」







彼を失って初めてアスランが感情をあらわにした。

彼が消えたと知った時、涙も何も出てこなかった。

残ったのは虚無













そんなアスランをじっと見ていたジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げながら問うてきた。




「You can't eat your cake and have it.」

「それは・・・・」

「ルークに言われませんでしたか?」

「はい。」

「私もどこで彼がその言葉を知ったのかは知りませんでしたが、あの日貴方のもとから帰ってきた彼はそれだけを伝えたと言っていました。」

「はい、それしか・・・・・教えていただけませんでしたから・・・・」

「ケーキを食べたら残っているはずがない。」

「ケーキ?なんだそれは・・・」

「創世記時代より伝わることわざを古代イスパニア語の変換したものです。直接的に直せばケーキを食べたら残っているわけがない。
 真実の意味は ”二つ良いことがあるわけがない” つまり全を手に入れるために1がなくなるのは当然だということです。」

「そ、ん・・・な」

「彼は最後に貴方に伝えてくれと言ってました。たくさんの幸せのために俺は消えます。
俺が消えるせいでアスランさんの幸せまで逃がす必要はない。アスランさんは新たな幸せを掴んで下さい。と」

「っそんな・・・・・の、無理です。私にはあなたが・・・・・・ルークが必要だったんですっ!!」














澄み切った空がこんなにも忌々しいと思ったことはなかった。



どんなに平和が訪れても私には




















『ケーキ、美味しかったですか?』




あの時の記憶も味も、もう甘いものではなくなった。












End=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−


はい、というわけで初フリルクいきなり暗い話を書いてしまうのは私の悪い癖か・・・
スレルクはいきなりはきついんでとりあえずアスランさんから始めてみました。
ただ、ルークはアスランに対して敬語だし、アスランも敬語口調が常だから
会話のところはわかりづらいかも・・・・反省。