真っ白な空間に崩れいく建物の中に紅い人が降りてきた。
そのひとは何よりも自分よりも大事な俺の愛しい人。
「終わったよ、アッシュ。」
自分の腕にいる既に体温の無くなった半身に話し掛ける。
俺はもうすぐ消えてアッシュは生き返る。
アッシュにはいつも起こられていた気がする。
いつも不機嫌で、眉間にしわを寄せて
「そういえば・・・・あの時ですらアッシュは眉間にしわ寄せてたな」
あの時の事を思い出して俺の口からくすくすと笑い声がこぼれた。
アッシュに好きだ、と言われた時。
始めは冗談だと思った。
俺はレプリカで彼の居場所を奪ったのだから恨まれる事はあっても好きになってもらえるなんて思ってもいなかった。
けれど俺を見つめるアッシュの目がとても真剣で嘘じゃないと思った。
それに彼はそんな冗談を言うような人ではない。
だからこの眼を逸らしちゃいけないと思った、まっすぐに受け止めようと思った。
正直なところ俺もあいつの事が好きだった。
同じ好きでもガイやティア達に対する好きとは何かが違っていた。
それが恋だとガイに教えてもらってから俺は悩んだ。
恨まれている自分が告白しても余計に嫌悪されるに決まっていると、そう思っていたから。
けれど彼は俺の事を本気で好きだと言ってくれたから俺も正直に答えた。
笑顔で言えた。
「おれも・・・俺もアッシュの事が好きだよ。」
そう答えたときの彼の笑顔は今でも鮮明に思い出せるくらいに嬉しそうで綺麗だった。
眉間のしわだけはどうしても取れなかったけど、それがまたアッシュらしくて良かった。
「幸せだったよ・・・・」
気付けば自分の体が光っていた。
それはレプリカが消える独特の光だった。
自分が消えていく感覚がわかる。
手が透けてきたから今まで抱えていたアッシュを落とす前に布陣の床の上に下ろした。
俺の体の周りが温かな光で包まれていく。
あぁ消えるんだなって何処か他人事。
だって俺は怖くないから、俺はアッシュとひとつになる。
ただそれだけの事。
一つだけ心残りがあるとしたらアッシュの事。
自惚れている訳ではないけど彼が自分を大切に思っていてくれたとは事実だから
自分が消えたあと、彼は悲しむかもしれない。
だからこれから生き返るアッシュに移るだろう自分の記憶に覚えさせておこう。
俺がどれほど彼の事が好きで幸せだったのか。
瞬間、一際大きな輝きに身を包まれた。
------------ これで本当に最後、愛してくれてありがとうアッシュ・・・
「っ!・・・・・・ルークッ!!!!!」
空間を光が支配したとき一人の男の叫び声がした。
それが消え逝く彼に届いたかどうか判らない。
けれど、最後の彼の表情はとても幸せそうな笑顔だった。
光の止んだ崩れた建物の中に瓦礫が無い空間があった。
そこにたたずむ一人の男------- アッシュ ------ の瞳に光は無かった。
死んだ筈の自分の身体に体温が戻ってくるのを感じた。
次第に体の感覚も戻ってきて、開いた瞳は思わずまた閉じたくなるような光の空間に自分がいる事を伝えた。
視界が眩しく、その光のもとが自分が寝ている場所の近くにあることがわかると俺は上半身を起こし前を見た。
光のもとにいたのは自分が愛してやまない己のレプリカ。
声を掛けようとすると目に入ったのは信じたくない光景。
彼の身体は次第に透けていき消えようとしていた。
そこでやっと自分と彼に起こっているであろう事を理解した。
「・・・ビッグ、・・・・バン・・・?」
呆然とそう呟く事しかできなかった。
ルークの記憶が鈍った己の思考に入り込んでくる。
『アッシュ・・・』
「・・・や、めろ」
アイツに告白した時の記憶
『おれ・・・俺も・・・』
「やめろ」
『アッシュの事が・・・』
「入ってくるな!」
やめろ!
これはアイツの記憶なんだ。
俺のじゃない、アイツの大事な記憶なんだ。
だから、頼むから入ってくるな。
アイツを消すな。
『好きだよ。』
「やめろっ!・・・・ルークッ!!!!!!」
声を限りに叫んだ。
叫んで、叫んでまだダルイ身体を無理矢理に立ち上がらせて走る。
消え逝く彼に手を伸ばした。
けれど、彼の腕を掴むはずの己の手には何も残らなかった。
そこにたたずんでどれくらいの時間が経ったのだろう。
いくらここで待っていても彼がもう戻ってこない事はわかっている。
誰よりも何よりも求めてやまない己の半身がもうこの腕の中に帰ってくる事は無い。
『生きろよ!絶対・・・・じゃないとナタリアも俺も悲しむんだからな!!』
生きているときにした約束。
「お前がいなかったら俺は誰と約束を果たせばいいんだ・・・・?」
それに答えが返ってこないことはわかっている。
けれど問わずには、呼ばずにはいられないんだ。
「おい、・・・・・・っ答えろぉ!!!」
ガンッ!!
手近に逢った瓦礫を殴りつける。
あまりにも強く殴りすぎたせいで拳から血が流れた。
けれど、何か暖かいものが自分の手に触れた。
先ほどまで流れていた血がとまり傷がふさがった。
そして-------
ルークの最後の記憶が入って来た。
『アッシュ、俺が消えたあとお前が悲しまないようにこの記憶を残すよ』
「ルーク・・・?」
この記憶はさっきまでのあいつの記憶。
『俺さ、レプリカでそれを引け目に持ってた。
けどね、憎いはずの俺を最後までアッシュが愛してくれたおかげで俺は
アッシュのレプリカでよかった、て思えた。お前のレプリカである事を誇りに思ってる。』
「・・・・・・・」
『自惚れてる訳じゃないけど、それでもお前が俺を愛してくれてるってわかるから俺は
あえて忘れろとは言わない。無理して忘れてもそれは辛いだけだから。
けど逆に覚えていてくれとも言わない。お前の生きたい様に生きてほしい。
だけど、一つだけ・・・・・・』
『追ってこないで。死なないで、生きて幸せになって。 生きていれば辛い事悲しい事色々あると思う。
それでもお前には幸せになる権利があるんだから』
お前は・・・・俺がお前無しでも幸せになれると本気で思っているのか?
『駄目だよ、弱気になっちゃ』
「っ?!」
記憶のはずなのに俺の考えた事に返答したかのようで驚いた。
お前は俺がこんな状態だって分かってるのか・・・・本当によく俺の事を理解してくれた半身だ。
『最後の約束するよ、全てが終わったら迎えに行くって。だから頑張れアッシュ。
前の約束は果たせなかったけど、今度は絶対に守るから。』
「あぁ。・・・・待ってる」
『 アッシュを愛して俺は・・・・・・・・・ルークは幸せでした。 』
それを最後に記憶の中の声は聞こえなくなった。
「ルーク・・・・っ 俺も・・・・幸せ、だっ・・・た。っ」
涙が溢れた。
けれど、立ち止まってはいられない。
最後まで自分を愛してくれた己の半身との約束を果たす為に。
俺は進む。
歌が聞こえる。
ユリアの譜歌が・・・・まるで彼への鎮魂歌のように。
「どうしてここに・・・・?」
彼の仲間だった女性が問い掛ける。
「ここならホドを見渡せる・・・・・それに約束したからな」
ルーク、俺は生きる。
お前との約束を果たす為に。
だから待っていてくれ・・・・
END-------------------------------------------------------